2009年06月15日

アルコール依存症の症状

自分の意志で飲酒のコントロールが出来なくなる。
アルコール依存症の人も、何とかして適量のアルコールで済ませておこうとか、あるいは今日は飲まずにいようかと考えていることが多い。過剰な飲酒がもたらす様々な有害な結果を知っているにもかかわらず、飲み始めると自分の意志では止まらなくなって酩酊するまで飲んでしまう。このような飲酒状態を「強迫的飲酒」という。
目が覚めている間、常にアルコールに対する強い渇望感が生じる。
強迫的飲酒が進んでくると常にアルコールに酔った状態・体内にアルコールがある状態にならないと気がすまなくなったり、調子が出ないと思うようになったりして、目が覚めている間は飲んではいけない時(勤務中や医者から止められている時など)であろうとずっと飲酒を続けるという「連続飲酒発作」がしばしば起こる事がある。会社員など、昼間に人目のつく場所で飲酒ができない場合、トイレなどで隠れて飲酒をする例がある。更に症状が進むと身体的限界が来るまで常に「連続飲酒」を続けるようになり、体がアルコールを受け付けなくなるとしばらく断酒し、回復するとまた連続飲酒を続けるというパターンを繰り返す「山型飲酒サイクル」に移行する事がある。ここまで症状が進むとかなりの重度である。
飲酒で様々なトラブルを起こし後で激しく後悔するも、それを忘れようとまた飲酒を続ける。
テニス
セキュリティ
花火
仏教絵画
東北地方
壁画
日用品
セパタクロー
印刷
水球
アスペルガー症候群
学習塾
ベリーダンス
北陸地方
水彩画
恐竜
水墨画
両生類
ジオキャッシング
アニマルセラピー

飲酒量が極端に増えると、やがて自分の体を壊したり(内臓疾患など)、社会的・経済的問題を引き起こしたり、家族とのトラブルを起こすようになったりする。それでさらにストレスを感じたり、激しく後悔したりするものの、その精神的苦痛を和らげようとまた更に飲酒を繰り返す。このように自分にとってマイナス(負)な面が強くなっているにもかかわらずアルコールを摂取し続ける飲酒行動を「負の強化への抵抗」と呼ぶ。
離脱症状(怠薬・禁断症状)が出る。
アルコール摂取を中断した際、様々な症状が生じる。軽いものであれば、頭痛、不眠、イライラ感、発汗、手指や全身の震え(振戦)、眩暈、吐き気などがあるが、重度になってくると「誰かに狙われている」といった妄想や振戦せん妄、痙攣発作(アルコール誘発性てんかん)なども起こるようになる。幻覚(幻視・幻聴)も頻繁に起こる症状で、小さな虫のようなものが見えたり、いるはずのない人が見えたり、耳鳴りや人の声が聞こえたりと症状は患者によって様々であるが、幻覚を全く経験しない人も多くいる。
患者にとってこれらは苦痛である為、それから逃れる為に飲酒をする事になる。
また、急性期の離脱症状を過ぎた後でも、怒りっぽくなったり、抑うつ状態になるなどの情動性の不安定な遷延性退薬徴候とよばれる状態が数ヶ月続くことがある。
耐性の増大。
同じ酩酊を感じるのに要する飲酒量が増大する。または、同じ飲酒量での酩酊感が減弱する。

2009年05月29日

第3.5世代主力戦車

第3.5世代
ルクレール、レオパルド2A5、M1A2、チャレンジャー2、T-84、T-90、メルカバMk.4、99式戦車など
冷戦終結に伴う軍事的緊張の緩和と軍事費削減、重量の限界などで「第4世代戦車」の登場前に、第3世代戦車のアップグレードによる延命が図られた。モジュール装甲や衛星通信ネットワークによる情報システム(C4I:Command,Control,Communications, Computing. and. Intelligence)の導入などの技術が採り入れられている。

世界的な非対称型戦闘の増加以前は140mm級の滑腔砲とそれに耐える装甲が「第4世代戦車」の基準として考えられてきたが、主力戦車同士が直接交戦するような可能性が減少しつつある21世紀現在では、非対称戦(ゲリラ戦)への対応やPKFなどに対応するための緊急展開能力の向上など、戦車に求められる能力が冷戦期のものとは全く異なったものになってきており、第4世代での基準が失われ、代わって最強の戦闘車両は何かという課題が問われている。

走行装置:戦車は無限軌道(履帯、商標名でキャタピラ)で走行する。起動輪と誘導輪があるのは共通だが、転輪には様々な形が存在する。普通は1列に並べてあるが、かつてのドイツ重戦車の場合、転輪が千鳥型に2重になっていたり、3重に並べたり、荷重を分散するようにしていた。ただし保守が困難な上、手間の割に効果的とは言えなかったため第二次世界大戦後は、そのような形式は採用されていない。転輪には騒音と振動を軽減する目的で周辺にゴム製のソリッドタイヤを装着するが、ゴム資源が不足していた第二次世界大戦中のドイツ・ソ連では、転輪内部や車軸にゴムを内蔵したり、やむを得ず全くゴムを用いない鋼製転輪を使用する場合もあった(イスラエルの戦車は砂漠でゴムタイヤの破損が激しい為に一部に完全鋼製転輪を使用している)。
主砲:1970年代末以降の主力戦車では120mmクラスの滑腔砲が採用されることが多い。加えて射撃統制に環境センサーとコンピュータの組み合わせを用いることで、あらゆる条件下での精密射撃を可能にしている。射撃時の反動を抑えると共に、砲身後退量を抑えて砲塔を小さく済ませるため、油圧により反動を吸収する駐退器が備えられている。以前は砲口にマズルブレーキを装備した物が多かったが、APFSDS弾の装弾筒が引っかかるため最近の車輌では見られない。先端近くに砲身の歪みをレーザー計測する反射体が取り付けられているものが多い。また中東・アフリカなどの高温地域で運用される車輌には、主砲身に熱による歪みを防ぐサーマル・ジャケット(遮熱カバー)の装着が見られる。戦車砲弾は発砲時に煙と一酸化炭素などの有毒ガスが発生するため、排莢時に砲身から戦闘室内へこの発射ガスが逆流しないようエバキュエータ(排煙器)と呼ばれる空洞部が砲身に取り付けられている。
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サスペンション:初めて実戦投入されたMk.I戦車にはサスペンションは存在しなかったが、その後におけるサスペンション形式はさまざまで、スプリングの種類も、リーフスプリング、コイルスプリング、渦巻きスプリング、クリスティー式(コイルスプリングと大型転輪の組み合わせ)、横置きトーションバー、縦置きトーションバーなどがある。現用戦車では主に横置きトーションバーが採用されている。スウェーデンのStrv.103は前後左右の油圧を変える事で車体の角度を変えられる油気圧(ハイドロニューマチック)式サスペンションを史上初めて実用装備した。陸上自衛隊の74式戦車も同様の油気圧式サスペンションを採用しているが、この機能は地形を利用した待ち伏せ砲撃に有利であり、専守防衛を旨とする両国の防衛策に適していたと言える。また、90式戦車や韓国のK1は横置きトーションバー式と油気圧式を混合装備している。いくらエンジン出力の大きな車両でも、サスペンションの性能が悪ければ車体や乗員の負担が大きくなり十分な機動性は発揮できず、逆にエンジンが非力であっても、サスペンションの改良により機動性を向上させる事が可能である。
発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー):多くの戦車で見られ、防御戦闘時に敵の視界を遮ったり、随伴歩兵の進撃を支援したり、ミサイル防御に用いられたりと用途は様々である。一部の車輌には、エンジン排気に燃料を吹き付けて煙幕を発生させる機構を装備する物もある。詳細は発煙弾発射機を参照。
砲塔:第一次世界大戦で登場した極初期の戦車は、車体に火砲を直接搭載したり車体左右の張り出しに搭載していたが、第一次世界大戦末期にフランスで開発されたルノーFT戦車が、車体上部に360度旋回する砲塔を世界で最初に搭載した。死角を減らしたこの設計思想を持つ同戦車は、それ以降のほとんどの近代戦車の原型となった。第二次世界大戦に入るまでは複数の砲塔を持つ多砲塔戦車もあったが、非効率性や高コストが明らかとなり、360度旋廻可能な砲塔1基を持つものが主流となった。砲塔前部には主砲が装備され、後部は弾薬庫として使用されることも多い。砲塔内には車長、砲撃手、装填手の座席があることが多い。第二次世界大戦前半までは全てを車長一人が行うものや二人で行うものも存在したが、車長が戦闘指揮に専念できる三人用砲搭が一般化した。車体同様リベット留めの問題があり、現在では溶接式か鋳造式が用いられている。戦車の中で最も被弾率の高い部位であり、なるべく形状を低く抑える事が望ましいが、T-62ではそのために主砲の俯角がほとんど取れず、中東戦争では地形を利用した伏せ撃ち射撃ができず却って撃破されてしまった事例がある。
エンジン:エンジン部は給排気と放熱の為に装甲によって閉鎖されるのには向かない為に脆弱となり、通常は被弾による損傷を防ぐために車体後部に収められる。現在では多くの戦車がターボチャージャーの付いたディーゼルエンジンを搭載し、2ストロークと4ストローク、空冷と水冷のいずれも形式も存在する。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより油種を選ばず、軽油以外でも灯油やジェット燃料などが使用できて運用が楽である。ディーゼル燃料である軽油はガソリンに比べると発火点や引火点が低いので比較的安全であるが、絶対に引火しない訳ではない。加速性に優れるガスタービンエンジン装備の戦車もあるが、燃費が非常に悪い上に技術的ハードルも高い。西側の戦車の多くは、現場でエンジンデッキを開放してエンジンや変速機を迅速交換できるパワーパック構造になっているが、東側の戦車ではそうした配慮は行われていない。かつてはガソリンエンジンが使われることも多かったが、被弾時に引火・爆発しやすいため、第二次世界大戦後は次第に使われなくなった。第二次世界大戦時には戦車用という大出力のエンジンは開発が難しかったため、航空機用エンジンで代替することもあった。大戦中の戦車の多くは車体後部のエンジンからドライブシャフトで前部の変速機に動力伝達する前輪駆動であったが、戦後はエンジンと変速機が直結した後輪駆動が主流となっている。一方でイスラエルのメルカバやスウェーデンのStrv.103の様に、乗員保護を優先してあえてエンジン・変速機を車体前方に配して装甲の一部としている例もある。
キューポラ:従来から司令塔とも呼ばれ、車長や装填手の外部視認用に砲塔上面に設けられた半球状などの突起が備わっていたが、20世紀末以降の戦車では、旧来の突出した形状のキューポラは無くなった。防弾ガラスごしに直接覗くものや、鏡を使ったペリスコープがあった。キューポラには機関銃が備えられるものが多く、近接攻撃や対空攻撃用に搭載されていた。
同軸機銃:主砲の横にあって同じ方向を向くように装備された機関銃であり、歩兵や軽装甲車輌といったソフトターゲットに対して使用することで主砲砲弾の消費を抑えるよう計られた。[2]主砲発射に先んじて同軸機銃を射撃し、その着弾を見て照準を微調整する、スポッティングライフルとして利用されていた戦車もあった。
車体:強固な装甲で守られている。初期の戦車においては当時の溶接技術が低かったため、装甲板がリベット留めされた車体が大半であった。しかし、被弾時に千切れたリベットが車内を跳ね回り、乗員が死傷する事故が相次いだ。また、近くでの爆発による衝撃波にももろく、装甲板がバラバラになることもあった。第二次大戦前のフランス戦車には分割された溶接車体をボルトで接合した物もあったが、貫通しなくても被弾の衝撃でボルトが折損し装甲が脱落することがあった。そのため点ではなく線で接合される溶接式か一体鋳造式、または鋳造部品の溶接接合で製造されるようになった。現代の主力戦闘戦車においては、複数の装甲材をサンドウィッチ状に重ね、防御力の向上を狙った複合装甲が主流である。これは車体や砲塔の前面等の主要部に用いられるが重量があり、1990年代以降の主力戦闘戦車の総重量は50-70t 程度であることが多く、これに対して1000-1500馬力級のエンジンで機動性を確保している。
操縦席:車体前部にあり、普通の自動車同様、アクセル・ブレーキ・クラッチで操縦する。車体の操行は左右のレバーを引く古い方式(乾式クラッチ式からシンクロメッシュ方式まで様々)と、自動車やバイクのようなハンドルを用いるオートマチック式がある。戦闘中の視界は、かつては小さな覗視孔付きの小窓から直接覗くしかなかったが、その後ペリスコープや最近ではTVカメラによる間接視認法が用いられている。

2009年04月26日

王延羲

王延羲(おうえんぎ)は十国・閩の第5代王。

ファッション・自動車関連買物市場情報
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税理士・アルバイト関連ビジネスジャンプ総合
引越し・リラクゼーション関連住まい生活情報
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バイク・化粧品関連ショッピングプラザ情報
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王継鵬の在位中には左僕射、同平章事に任じられるが、王継鵬は猜忌心が強く身の危険を感じ、発狂者を装い自宅に軟禁されていた。通文4年(939年)、拱宸・控鶴軍使の朱文進、連重遇が叛乱を起こし王延羲を推戴し王継鵬を殺害したことにより、王延羲は威武節度使、閩国王を自称し、王曦と改名、永隆と改元した。即位した王延羲は後晋に奉表している。

即位後の王延羲は贅沢奢侈、荒淫無度の生活を送り宗族に対する猜疑心を強めていった。弟の建州刺史王延政はその生活を諌めたが、逆にこれを契機に両者の対立が深まり、永隆2年(940年)、王延羲は建州攻撃を開始し閩での内戦が発生した。内戦は数年間にわたり継続するが雌雄決着が付かないまま翌年王延羲は大閩皇帝、威武節度使を自称するようになった。

王延羲の暴虐さは一向に改まるところが無く、朱文進、連重遇は自らの身に危険が及ぶことを恐れ、永隆6年(943年)、両者により王延羲は殺害された。

2009年04月09日

日通事件

日通事件(にっつうじけん)は、日本通運が1940年(昭和15年)以来独占輸送をしている米麦などの政府食糧について、国鉄をバックにした全国通運が新規参入を目指して猛運動を展開し、1967年(昭和42年)4月の衆議院予算委員会で社会党の猪俣浩三、民社党の竹本孫一が「米麦輸送をなぜ日通にだけ請け負わせるのか」と攻撃した際に、社会党の大倉精一(元日通労組委員長)と自民党の池田正之輔に対し、議会発言をしないよう働きかける見返りとして、大倉には200万円、池田には300万円を渡したとされる事件。

後に検事総長になる吉永祐介が東京地検特捜部の検事として、日本通運前社長の福島敏行の取調べにあたった。井本台吉検事総長と東京地検次席の河井信太郎が対立した結果、河井が失脚し、東京地検特捜部がこの後8年の長い眠りについたきっかけとなる事件との評価もある。

経緯 [編集]
1967年(昭和42年)10月31日 東京国税局が大和造林という社員3人の造園業者を捜索。
1968年(昭和43年)1月11日 日本通運は社長福島敏行、4人の副社長(西村猛男、小幡靖、池田幸人、入江逓男)が突如辞任し、序列12番目の澤村貴義専務が新社長に就任する。
1968年(昭和43年)2月18日 参考人として取調べを受けていた福島敏行前社長の次男の福島秀行資金課長が検察庁ビルから飛び降り自殺。
1968年(昭和43年)2月23日 東京地検特捜部が管理課長を業務上横領の疑いで逮捕。
1968年(昭和43年)4月8日 東京地検特捜部が福島敏行前社長と西村猛男前経理担当副社長を業務上横領の疑いで逮捕。
1968年(昭和43年)4月19日 新橋の料亭「花蝶」で池田正之輔、福田赳夫(当時:自民党幹事長)とともに、井本台吉検事総長が会食。
1968年(昭和43年)6月4日 東京地検特捜部が大倉精一をあっせん収賄の疑いで逮捕。
1968年(昭和43年)6月22日 検事総長公邸で行われた検察首脳会議は、池田正之輔の逮捕の可否をめぐり激論となったが、結論が出なかった。
1968年(昭和43年)6月23日 前日に引き続き再開された検察首脳会議で、池田正之輔を逮捕すべきだとの河井信太郎東京地検次席検事はじめ東京地検の意見に対し、井本台吉検事総長は逮捕に反対した。7月7日に迫る参院選に影響を与えるとの理由であった。結局、最高検刑事部長の山本清二郎が提示した「池田正之輔を逮捕せず、大倉精一と同時に起訴する」という折衷案が通った。
1968年(昭和43年)6月24日 東京地検特捜部は池田正之輔と大倉精一を起訴し、家宅捜索を行う。このときに4月19日新橋の料亭「花蝶」での4万910円の領収書が見つかる。東京地検特捜部は、大倉の逮捕は認めたが、池田の逮捕を井本が強硬な態度で認めなかったことと、花蝶の会合とは無関係ではあり得ないと激怒した。
1968年(昭和43年)9月2日 共産党機関紙赤旗が4月19日新橋の料亭「花蝶」での井本台吉検事総長と池田正之輔との会食を掲載。井本は、「この会食は日通事件とは関係がない。検事総長に就任したときに池田正之輔が祝いの宴を開いてくれたので、そのお返しとして一席設けただけだ。代金の4万910円も、もちろんポケットマネーで払った。福田赳夫は私の友人として出席しただけだ」と記者会見で語った。なお、井本と福田はともに1905年(明治38年)に群馬県で生まれ、旧制第一高等学校から東京大学へ進んだ友人であり、福田(当時:大蔵省主計局長)が昭電疑獄で逮捕・起訴されたときに公職追放中の井本が弁護士として無罪判決に寄与したという関係がある。
1968年(昭和43年)9月9日 河井信太郎は東京地検次席から最高検検事へ棚上げされた。この後、水戸地検に異動し、二度と東京に戻ることがなかった。
1968年(昭和43年)11月4日 池田正之輔は河井信太郎を名誉毀損で告訴。この他、民事でも慰謝料2,000万円と朝日、毎日、読売三紙に謝罪広告掲載を求める訴えを東京地裁に提起した。
河井信太郎は雑誌「現代」11月号での池田正之輔に対する反論をめぐり、水島廣雄そごう社長に「池田とのトラブルを解決することを委任します。」との委任状を書いたことを理由に、法務大臣から訓告処分を受けた。
1968年(昭和43年)12月5日 池田正之輔は検察官適格審査会(会長:小野清一郎)に対し河井信太郎の懲戒免職を求める申立てを行う。
1977年(昭和52年)10月14日 最高裁判決で、池田正之輔は懲役1年6月、追徴金300万円の実刑が確定。名誉毀損、民事訴訟、検察官適格審査のいずれも池田の敗北に終わる。

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2009年03月26日

ビックリマン 悪魔VS天使シール

ビックリマン
『ビックリマン 悪魔VS天使シール』第1弾?第19弾を原作とし、ABC・旭通信社・東映動画制作、テレビ朝日系列にて1987年?1989年放送
新ビックリマン
『ビックリマン 悪魔VS天使シール』第20弾?第24弾を原作とし、ABC・旭通信社・東映動画制作、テレビ朝日系にて前シリーズの翌週より開始、1989年?1990年放送
スーパービックリマン
『スーパービックリマン』を原作とし、ABC・旭通信社・東映動画制作、テレビ朝日系にて1992年?1993年放送
ビックリマン2000
『ビックリマン2000』を原作とし、テレビ東京・NAS・スタジオコメット制作、テレビ東京系列にて1999年?2001年放送
祝!(ハピ☆ラキ)ビックリマン
『ビックリマンひかり伝』を原作とし、テレビ朝日・東映アニメーション制作、テレビ朝日・BS朝日・秋田朝日放送にて2006年?2007年放送
本作はシリーズ中唯一、地上波でのネットワークセールスが実施されなかった。

漫画 [編集]
悪魔VS天使シール、スーパービックリマン、およびビックリマン2000を元にしてコロコロコミックに連載された漫画、およびその単行本のほか、悪魔VS天使シールに主な登場人物、登場地域を依拠しつつ、大幅にデフォルメを施した少女漫画愛の戦士ヘッドロココが存在する。シール、アニメ、漫画でストーリーが多かれ少なかれ異なっていることが多い。コロコロでは主にコミカライズを竹村よしひこが担当。学年誌ではそれぞれ学年、時期によって複数の異なる漫画家が執筆している。

おちよしひこのスーパービックリマンの漫画は、非常にシリアス(アニメ版も従来に比べれば非常にシリアスではあるが)な内容で、一部の小学生以上の層でも人気となったが、打ち切りになる。これは児童雑誌であるコロコロにそぐわないシリアスで重い内容になってしまったのがその理由であると思われる。

ビックリマンチョコと社会問題 [編集]
目当てのシールだけを抜き出しチョコレート菓子を捨てる事例、あるいは、大量に買い込んだ為に食べきれなくなったチョコレート菓子を捨てる事例が多発し、食べ物を粗末にする行為が多く報告され全国的に社会問題となった。菓子の購入資金が裕福な年齢層による大人買いと呼ばれる大量購入行為により、品薄になる地域が発生し社会問題に拍車を掛けた。それにともない、一部地域では1人あたりに対する販売個数を制限し(店に入荷した箱数、一箱なら二つまで・二箱なら三つまで)、レジカウンターでの対面販売といった販売対策もとられた。

また、希少価値の高いヘッドをよく当てた人、全く当てることのできない人の間の話で、箱の前から三番目か四番目と八番目がヘッドが当たりやすいという根拠の無いデマも流れた。

他にも、希少度の高いシールを金銭での取引(1000?2000円程度)するといった問題も発生し、金銭取引によるシール購入が問題となった。これらの問題をふまえ、販売元のロッテは「ビックリマン憲章」なる規定を作り、シールの売買の禁止、チョコレート菓子の完食、シールをトレードすることにより親睦を深めるという3ヶ条を推奨した。また、シールの盗難もかなりあったようで、2005年にオンエアされた深夜ラジオ伊集院光 深夜の馬鹿力の中の1コーナーで、「盗んだり盗まれたり」という表題でリスナーから体験談を募ったところ、リスナーの年齢層もあってか大半がビックリマンチョコの話題だった。また、社会問題の最たるものは玩具メーカー「コスモス」によるシールのニセモノ(「ロッテ」の部分を「ロッチ」と改変したりしていた)である。このほか、「ドッキリマンチョコ」といった、明らかにビックリマンを意識した類似品、模倣品も出現した。

公正取引委員会による勧告 [編集]
このブームが衰え始めた原因は、公正取引委員会による勧告とみられている。公正取引委員会は1988年ロッテに対してシールの価格差を無くす、種類毎の混入率を均一にする、特定のシールに価値が出るような広告をしない、という3つの自粛案を出した。ロッテはこの指導に従い、全シールの価格差を3円前後に抑え、ヘッド、天使、悪魔、お守りの割合を25%均等に振り分けた[要出典]。そのため今までキラキラと光っていたホログラム仕様のヘッドは地味なシールとなり、ヘッドがあたる確率は悪魔と同じ割合にまで引き上げられた。当然の結果としてレアカードであったヘッド、ひいてはカード全体の価値が暴落し、一気にファンが離反するという事態となった。

ブームのその後と終焉 [編集]
第18弾をもって「天使VS悪魔」のストーリーが一応の完結を迎え、第19弾から新たなる「次代」のキャラクターが登場する新シリーズがスタートした(ほぼ同時期にアニメも「新ビックリマン」へと移行)。一度は下降した人気も、アニメ人気やプリズムシールの復活によってある程度持ち直した。1991年には「スーパービックリマン」も併売され、シールもチョコも一回り大きくなって値段も1個50円と値上がりした。こちらは旧シリーズをリメイクしたキャラクターたちが登場し、プリズムやホログラムの他CGもふんだんに使われた意欲的な商品と言える。これらの展開によりビックリマンシリーズは今一度の盛り上がりを見せていた。

しかし、やはり長きに渡る販売商品ゆえの消費者側の疲弊やブームの沈静化は否定できないものになっており、新ビックリマンの終了と共にシールは独自の展開へと移行する。メディア面での露出は縮小の一途を辿り、人気の衰退は誰の目にも明らかになっていた(最盛期の売り上げは100億円を超えていたがその頃には40億円にまで落ち込んでいたという)。

そして1992年、悪魔VS天使シールを礎とする一連のシリーズの商品は展開を終了し、スーパービックリマンのアニメも翌1993年に終了した。こうして、10年近くに渡るビックリマンシリーズのブームは、ついに終焉を迎えたのである。

ビックリマンの近況について [編集]
ビックリマンシリーズのブームは確かに過去の出来事になった。しかし、今なお、ビックリマンの根強いファンが全国の至る所にいる事は確かだ。ちなみに、2008年現在においても、「ビックリマンチョコ」はロッテから発売されており、コンビニやスーパーなどでその姿を見かけることができる。

レアなシール [編集]
一番人気がある種類はヘッドである。ビックリマンシールには最初に発売された旧チョコ版以外にも、川崎球場で配布されたスーパーオリオンシリーズ、福袋版、アイス版、懸賞版等が存在している。

その中で一番希少価値のあるのはスーパーオリオンシリーズとされている。オリオンにもパート1・2とヴァージョン違いがあり、ビックリマンにおいて抜群に希少価値が高いのがスーパーオリオンの青色プリズムである。その次に貴重なのは福袋版である。福袋版とは正月の一時期限定で販売されたものであり、マニアの間で一枚数万円?数十万円で売買されている。三番目に人気があるのはアイス版と呼ばれるシールである。アイスの中に入っていたシールである。基本的なデザインはチョコ版のデザインとほぼ同様であるが、色合いなどが違っている。アイス版の中でも特に人気があるのは12弾・15弾のヘッドである。この時期はビックリマンシールの人気がやや低迷しており、アイス版のシールが少ししか現存していない。チョコ版はアイス版より人気がないが一部のシールは現在でも高い人気を博している。特に人気があるものはブラックゼウスホログラム、ヘラクライスト赤、ヘラクライスト緑、魔肖ネロ、ヘッドロココ・後半27弾以降のヘッドなどである。ビックリマンの人気が低下した頃の後半のヘッドが人気があるのは逆に入手したものが少ないためであろう。どのくらいの値段がつくかはシール自体のレア度だけでなく、シールの状態、バージョン裏紙の色違い、プリズムの向きの違い(たとえばブラックゼウスはすべての版でレアなわけではない)などが関係する。特に古いシールは状態のいいものが少ないことから状態のいいシールはかなりの高値で売買される。

チャリティー ギアチェ ハンドカ ブートニア あらいそ ソフロニ 潮風の迷子 さらべつ マーキ キャンディ ジェット シャドウ ギガビット 花御所 クロサス インス 氷の炎 ブラフ バーター オサォー ヤッケ テール ファウスト サマー シンジュ ユーディ リニア サーチワキ ケース かしど トロンビン シービー ヨモギ サーチャ ビブラ オータム ギニア ダイス フリー プレカリ ノンポリ テトロン マハー あぜみち しゃりき マッスル プロビジ ビュライト ロードシ カの風


2009年03月10日

チョガ・ザンビール

現在のイラン・フーゼスターン州に作った複合遺跡である。メソポタミア地方以外では数少ないジッグラトが存在する。デズフールのおよそ25?西、スーサの45?南方に位置する。1979年に、ユネスコの世界遺産に登録された。
チョガ・ザンビールは、紀元前1250年ごろに、Untash-Napirishaの手によって、Inshushinak神への崇敬の意を込めて建設された。チョガ・ザンビールのもともとの名前は、ウンターシュの街を意味するDur Untashである。しかしながら、この古代都市は、祭司を除いて、多くの人々が居住したとは考えられていない。チョガ・ザンビールは、三層の連結した壁で保護されており、壁によって、メインエリアは、「街」と定義される。
オメガ みしょう リプロヘル ひらがね 神の手 マップ るりこん ウシュ とよのか ブランデー タイプ リンギット ストール スキット ダビデ ケトル アグリ リーマン カサブ ラリアット ブライ バーン レジオ シザ イリノイ 誠の旗 こりんき サンキライ ひすい えーがた オーロ マルチ ジルコン セコンド ラダーラ ハラル アシン リトラコ リバティ フリー ヘメロ シャチ モッズ ロータリ タォマ ザール ハウリン もちがせ 紅の水 ダン

三層のエリアに分けられるチョガ・ザンビールのうち最も内側の層は、主神に捧げるためのジッグラトが建設された。このエリアの建設は、Untash-Napirishaが貯蔵庫を併せ持った寺院とともに建設された。その次の層は、主神に次ぐ地位に入ると考えられる神々のために11の寺院が建設された。もともとの計画では、22の寺院が建設の予定だったと推測されているが、建設途上で、Untash-Napirishaが死亡したため、その後の建設が行われることはなかった。最も外側の層は、王宮や葬祭を行うための場所、王室の5つの墓がある。

Untash-Napirishaが死亡した後、チョガ・ザンビールの拡張は行われなかったが、街自体は、アッシリア王アッシュールバニパルが紀元前640年によって破壊するまで、放棄されることはなかった。チョガ・ザンビールに残る膨大な数の寺院に基づいた学者の推測によるとUntash-Napirishaは、(おそらくスーサに取って代わる)新しい宗教の拠点を作ろうとしていていたのではないか、それは、チョガ・ザンビールで高地エラムと低地エラムを一つに結びつけるような宗教の形態でと考えている。

1951年から1962年に実施された考古学調査によって、チョガ・ザンビール遺跡の全貌が明らかになり、ジッグラトが世界中のどこよりも保存のいい状態であると考えられるようになると1979年に、イランで初めて、UNESCOの世界遺産に登録されることとなった。

世界遺産登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

2009年02月22日

カニ(蟹)

カニ(蟹)は、甲殻綱・十脚目・短尾下目( たんびかもく、Brachyura 別名、カニ下目)に属する甲殻類の総称。タラバガニやヤシガニなどは十脚目・異尾下目(ヤドカリ下目)に属するが、これらも漁業・流通等の産業上、「カニ」として扱うことがある。
ニンソウ フウラン ヒップ バビリン 竹の舞 しずくいし ヤッピ つばめ くりたけ クラー うたま ウシや ガーズ オーデエ タッチ じょうぼう モウセン セプタム パラセ スパイク フェロ くらし やさしい サブミッ コール スイマー フラン フマン スモー ちずい バスラ ほこたし クロムダ プレパラー つるむ レターイン ストーン イルミネ スピンタ イルマン ルリナ テスト ばなな メリー コリン パーベ リッチ かずら ドライト オリジ

熱帯から極地まで、世界中の海にたくさんの種類が生息し、一部は沿岸域の陸上や淡水域にも生息する。成体の大きさは数mmしかないものから、脚の両端まで3mを超すタカアシガニまで変異に富む。

箱形にまとまった体に4対の歩脚と前端の1対の大きなハサミが特徴である。触角はごく短い。見かけは同類であるエビとは大きく異なるが、これは尾部がごく小さくなり、これを頭胸部の腹面に折りたたんでいるためである。

尚、食用の「カニ」としてタラバガニやヤシガニ等も知られるが、これらは正確には短尾下目ではなく異尾下目に分類される。よく見ると歩脚が3対6本しかないように見えるが、これは第5歩脚が甲羅内の鰓室(鰓がある空間)に折り畳まれている為である。食用のとき、茹でると赤くなるのは、甲羅の中のアスタキサンチンという色素が通常蛋白質とむすびついているものが、加熱により蛋白質と分離するからである。

特徴
大部分が頭胸部からなる体は、背面全体が堅いキチン質の背甲(甲羅)で覆われる。背甲の前縁から一対の柄の着いた複眼が突き出す。複眼は、甲羅前縁の溝に倒して収納することができる。第一触角は短く糸状、第二触角も短いが、前に突き出して上に折れ、先端に小さな二枝をもつ。口器は第二顎脚に包まれるように収納されている。

5対10本の歩脚の内、第1歩脚は頑丈な鋏脚(はさみ)に変化している。これは餌を摑んだり敵を威嚇したりするのに用いるが、鋏はもっぱら防御用に使い、デトリタスなどを食べる種類もある。シオマネキのオスでは片方の鋏が巨大化するが、大きな鋏は求愛行動のみに使い、採食にはもう片方の小さな鋏を用いる。

他の4対の歩脚には鋏はなく、移動に使われるが、ヘイケガニやカイカムリなどは後ろ2対の歩脚が小さく鉤状になっていて、これで海綿や貝殻を背負って身を隠す。また、ガザミやキンセンガニなどは歩脚が鰭状に変化しており、素早く水をかいて泳ぐ事も出来る。カニといえば横歩きする事で知られるが、タカアシガニやミナミコメツキガニ、マメコブシガニなど前後に歩くカニもいる。活発なものでは、陸上でも体を持ち上げて素早く走ることができる。

呼吸は体内のえらで行う為、生存には水が不可欠である。陸上生活にある程度適応したアカテガニやオカガニ類等も、たまに水分補給をする必要がある。たまに泡を出すことがある。陸上のカニが泡を出すのはたまに水分補給した限られた水を繰り返し使っているうちに水分が蒸発したり鰓の粘膜成分が混じったりしてだんだん粘着性が出てそれが空気と混じって泡となる。ちなみに水中に棲むカニは、泡をふかない。

エビと違って腹部の筋肉は発達せず、アサヒガニ等一部の分類群を除いて腹部は頭胸甲の下側に折り畳まれる。その形状から、ふんどしと呼ばれる。オスの腹部は幅が狭く、1対の交尾器があるが、メスの腹部は抱卵する為に幅が広く、卵を保持する為の腹脚が長く発達している。

発生
卵から孵化した幼生はプランクトンとして海中を浮遊しながら成長し、それぞれの生息に適した場所に漂着し稚ガニとなる。これは陸上生活に適応したアカテガニやオカガニ類とて例外ではなく、初夏の新月の夜など特定の時期に一斉に海岸に集まり、それぞれに水中で産卵(実際には卵の中で育った幼生を放出)して、再び内陸へと戻ってゆく行動が見られる。但しサワガニは幼生期を卵の中で過ごす為、一生を海と無縁に、淡水中で過ごす。普通、はじめにゾエアという幼生の時期があり、次いでメガロパ期にややカニらしくなり、やがて稚ガニとなって底生生活にはいる。

生息環境

ケガニ淡水・汽水・沿岸域から深海や洞窟まで、様々な水域に色々なカニが棲む。陸上、純淡水に生息する種は少なく、汽水域、海岸線から海中に大部分が集中する。マングローブ林では木に登っているものもある。干潟では小動物として数が多く、もっともよく目立つものである。巣穴を深く掘るものが多く、底質の構造に大きな影響を持ち、水鳥の餌としても重要である。潮間帯にも固有の種が多く、そこより深海底に至るまで、さまざまな種がある。

他の動物の体を生息場所にするものもあり、サンゴやウニ、ウミシダなどに生息するものも知られるが、寄生か共生かは判別し難い。カキやアサリなど貝類の体内に生息する物もおり、それらを使った料理から出てくることもある。

淡水域 - サワガニ、モクズガニ、チュウゴクモクズガニ
川辺や海岸近く - アカテガニ、ベンケイガニ等
砂浜や干潟 - スナガニ、オサガニ、コメツキガニ、シオマネキ、アシハラガニ、ミナミコメツキガニ等
岩礁海岸 - イソガニ、イワガニ、オウギガニ、ショウジンガニ等
貝類等の体内 - オオシロピンノ、クロピンノ等
浅い海の砂泥底 - マメコブシガニ、キンセンガニ、ガザミ、アサヒガニ、ヘイケガニ、ケガニ等
浅い海の岩場 - イシガニ、ベニツケガニ、ニシノシマホウキガニ、オウギガニ、スベスベマンジュウガニ等
深海 - ズワイガニ、タカアシガニ、ユノハナガニ等

分類
カイカムリ群 Podotremata
カイカムリ科 Dromiidae -カイカムリ
コウナガカムリ科 Homolodromiidae
トゲカイカムリ科 Dynomenidae
原始短尾群 Archaeobrachyura
マメヘイケガニ科 Tymolidae
ツノダシマメヘイケガニ科 Cymonomidae
ホモラ科 Homolidae
ミズヒキガニ科 Latreillidae
アサヒガニ科 Raninidae -アサヒガニ
尖口群 Oxystomata
ヘイケガニ科 Dorippidae -ヘイケガニ
カラッパ科 Calappidae -メガネカラッパ、トラフカラッパ等のカラッパ類
キンセンガニ科 Matutidae -キンセンガニ
コブシガニ科 Leucosiidae -マメコブシガニ、ツノナガコブシ等
ツノナガコブシ尖頭群 Oxyrhyncha
クモガニ科 Majidae -モクズショイ、イソクズガニ、タカアシガニ、ズワイガニ等
ヤワラガニ科 Hymenosomatidae
ヒシガニ科 Parthenopidae ?カルイシガニ等
ゴカクガニ科 Eumedonidae
イチョウガニ群 Cancridea
ツノクリガニ科
クリガニ科 Atelecyclidae -ケガニ等
イチョウガニ科 Cancridae -イチョウガニ等
ヒゲガニ科 Corystidae
ゴイシガニ科 Thiidae
方頭群 Brachyrhyncha
オオエンコウガニ科 Geryonidae
ワタリガニ科 Portunidae -ガザミ、タイワンガザミ、ノコギリガザミ、イシガニ等
ムツアシガニ科 Hexapodidae
アカモンガニ科 Carpiliidae
オウギガニ科 Xanthidae -オウギガニ、スベスベマンジュウガニ等
イソオウギガニ科 Eriphiidae
ケブカガニ科 Pilumnidae
サンゴガニ科 Trapeziidae
エンコウガニ科 Goneplacidae
オカガニ科 Gecarcinidae -ミナミオカガニ(オオオカガニ)
イワガニ科 Grapsidae -モクズガニ、イワガニ、アカテガニ、ベンケイガニ、イソガニ等
ミナミコメツキガニ科 Mictyridae -ミナミコメツキガニ
カクレガニ科 Pinnotheridae -オオシロピンノ、クロピンノ、オヨギピンノ等のピンノ類
ヤマガニ科 Isolapotamidae
サワガニ科 Potamidae -サワガニ
ミナミサワガニ科 Sinopotamidae
スナガニ科 Ocypodidae -スナガニ、シオマネキ、コメツキガニ、オサガニ等
ムツハアリアケガニ科 Camptandriidae
イトアシガニ科 Palicidae
ユウレイガニ科 Retroplumidae
サンゴヤドリガニ科 Hapalocarcinidae
ユノハナガニ科 Bythograeidae -ユノハナガニ

利用
ズワイガニ、ケガニ、ガザミ等、多くの種類が食用に漁獲される。料理法はしゃぶしゃぶ、刺身、焼き物、鍋料理等多種多様である。一般にカニは高級食材なので、代用品として魚肉で作るかに蒲鉾もある。蒸したり茹でたりして殻を割って食べる事もあるし、身を解してサラダ、チャーハン等の具材にもする。

但しエビやカニは食物アレルギーを起こし易く、これらを原材料として含む製品を販売する場合にはエビやカニを原材料に使用している旨を表示する義務がある。スベスベマンジュウガニなど毒を持つカニもいる。また、十分な加熱処理を経ていない淡水産のカニは、重い疾病を引き起こす寄生虫を有することが多い。

蟹の流通形態には、生のほか、冷凍品(まるごとのもの、脚、爪など部位を分けたものなど)、缶詰などがある。また、雑炊のもとなど、他の食材と組み合わせて、乾燥した身を入れているものや、カニのゆで汁をベースにした出汁、濃縮スープなども販売されている。

中国では「九雌十雄」といい、旧暦の9月はメスの上海蟹(チュウゴクモクズガニ)が、10月はオスの上海蟹が美味とされている。これは秋に気温が下がるに従って上海蟹の産卵時期が近づき、ミソや肉が溜まりだすからである。同じ頃、日本のモクズガニも漁の時期となる。上海蟹は生きたまま、藁で足を縛って流通させられる。

食用以外にも、カニやエビの殻からはキチン、キトサン、グルコサミンなどが製造される。また、カニを潰した血液を採取し、漆などの「かぶれの薬」等として使う人もいるが、これは民間療法の域を出ない。

文化
癌のことを英語で cancer と言うが、この呼び名は腫瘍とその周辺の血管その他の組織が作り出す形状がカニに似る事からラテン語の「カニ」から引用されて付けられた。潰瘍を意味する canker も同源だが、ギリシャ語の karkinos(カニ)と共に、これらの語はサンスクリット語の karkata(カニ)に由来すると言われる。

西洋星座の名称はラテン語なので、黄道星座の一つである「かに座」も Cancer である。「かに星雲」も潰れたカニの様に見えるという理由からこの名が付いたが、かに星雲があるのはかに座ではなくおうし座である。

カニと言えば横歩きが有名なので、横に進むものに「カニ」の名が付けられる場合がある。例えば、逆行カノンの事は「蟹行カノン」とも呼ぶし、明治期の日本では横方向に進む英語の事を蟹文字と称していた。 中国ではカニを横行君子(おうこうくんし)とも呼ぶ。台湾のRealtek社の社章のカニの絵は「横行天下」(天下に横行する)という社訓に基づいて採用された。 また「蟹の横這い」といえば、単に横に移動するという意味にも使うが、貴人に顔を向けたままで横に移動する様子をその様に言う場合もある。この言葉がことわざとして使われる時は「人目には奇妙に見えても、自分には適したやり方」と「物事が奇妙に横にずれていくこと」という二通りの意味がある。

ミナミコメツキガニ、コブシガニ科とクモガニ科のカニは縦歩きをし、アサヒガニ科、カラッパ科のカニは後ろ歩きをする。ワタリガニ科のカニは歩きより泳ぎの方が得意である。横歩きしか出来ない種類の蟹でも回転する物の上に乗せた後は暫く縦歩きをする。
カニの手はジャンケンのチョキの様な形なのでキャラクター化された時は「じゃんけんが弱い」ものとして扱われる例がある。

慣用句
蟹の念仏
蟹の念仏(かにのねんぶつ) 蟹が口の中でぶつぶつ泡を立てるように、くどくどと呟(つぶや)く様子。

蟹は甲羅に似せて穴を掘る
蟹は自分の甲羅の大きさに合わせて穴を掘るものだということから、人は自分の力量や身分に応じた言動をするものだということ。また、人はそれ相応の願望を持つものだ。

蟹の爪がもがれたよう
爪はカニにとって武器であり、餌を採る大切な手だが、それをもがれたという状態から、頼りを失い呆然自失の様をいう。

うろたえる蟹穴に入らず
穴もぐりの名人といわれるカニも、慌てふためくと、自分の穴がどこにあるのかわからなくなる。という意で、冷静に物事に対処しないと、適切な判断や行動が出来ず失敗するという意。

蟹の穴入り カニが慌てて穴に逃げ込む様子から、慌てふためく状態をいう。

蟹の死にばさみ カニがいったん物を挟むと、爪がもげても放さないことから、欲深さや執念の深さを例えていう。

後這う蟹が餅を拾う
いつも「鵜の目鷹の目」でせかせかしていなくても、思わぬ幸運に行き当たることもある。という意で、人の運、不運を例える。

その他
ズワイガニエレベータや、電車のドアなどで、ドアに指を挟まぬよう警告する、「ドアにちゅうい」のステッカーに、人の手が蟹に挟まれているイラストが描かれている所もある。
カニの醜い外見から、カニは海で進化した昆虫のようなもので、カニ食はすなわち昆虫食であると唱える説もある

2009年02月05日

MARVEL SUPER HEROES

『マーヴル・スーパーヒーローズ』(MARVEL SUPER HEROES)は、アメリカン・コミックスを題材とする2D対戦型格闘ゲーム。カプコンが開発し1995年11月に同社よりアーケードゲーム(CPS-2基板)として出荷され、後にセガサターン、プレイステーションに移植された。
ジゴロ ちなアク スローモー ハネウェル トップ ション ウオッチ シンシ 検索ノブ セザンヌ ビーボーイ カーペット フォルダー ランサス ブラウィン ほしゃWE はないずみ セイレー ノンカロ もののふ リターン チロキシ メークイン ワイルド 検索丸玉 オーバー シップブ じゃんけん フュー サブレ とくとう ジャカ ミドル タッチ ガイド レバレ ハイテン メーンス ミヤマキ ごゆう カンマキ ヘーベ ナリー リステ オハイオ シンテニー ミント ダンヒ ピント スクワット

マーヴル・コミックのスーパーヒーローとヴィラン(悪役)たちが、それを持つものに無限の力を与えるという「インフィニティ・ジェム」を求めて闘いを繰り広げる。マーヴルのクロスオーバー(作品間をまたがって展開する作品)シリーズの『The Infinity Gauntlet』を原作とし、ゲームとしては『X-MEN Children of The Atom』の続編に当たる。

キャプテン・アメリカ、超人ハルクなど独立タイトルを持つ人気ヒーローたちが競演するとあって、とくにアメリカで大いに人気を博した。日本においても、東映の特撮作品でよく知られるスパイダーマンに人気が集まり、またスーパーヒーローならではの派手な演出が話題を呼んだ。なお、キャラクター選択は前作と同じくキャラの知名度よりも見た目の分り安さが重視され、その結果ヒーロー側は原作に準じているものの、ヴィラン側はマグニートーにジャガーノートなどほとんど無関係なキャラになっている。またヴェノムやガンビットは候補に上がりながらも没になっている[1]。

前作『X-MEN』の派手さはそのままに、よりシステムを洗練させている。特徴的なのは、相手を上空にはじき飛ばしさらに追撃する「エリアルレイヴ」で、これは後の『MARVEL VS. CAPCOM』シリーズに引き継がれることになった。一方で、永久コンボがいくつも見つかるなど対戦バランスの調整に課題を残した。

小学館プロダクションが前作と同時期にアニメとタイアップして出していた日本版Xメンに代わり、『マーヴルX』というオムニバス形式でマーヴルコミックを掲載する単行本が定期刊行され、それにともなってゲームの舞台もXメンからマーヴルユニバースへと移行。日本のゲームファンに、登場するキャラクターのバックボーンを知らしめる切っ掛けにもなったが、原作に出ていないキャラも多いことから「何故ゲームのキャラが出ていないのか?」といったちょっとした誤差が生じることになった。

海外では絶賛されていたが、日本ではそれほどヒットしなかったため、開発スタッフは「海外ではヒットした」という報告にもそれほど手応えを感じなかったという。また、開発の段階でマーヴル側から許可が下りなかった技などに関してもしつこく許可を求めたことから「最悪のライセンス会社」と言われた[1]。

なお、このゲームのシークレットファイルを刊行に当たって、カプコンが見せたイラストがマーヴル側に認められ、以降カプコンがメインビジュアルのイラストなどを描くことを許可されるようになった(ただしシークレットファイル自体は刊行されなかった)[2]。

システム
スーパージャンプ
高さ2画面分にも及ぶ大きなジャンプ。レバーをすばやく下、上と入力する(または、キックボタン3つを同時に押す)ことで使用可能。次に述べるエリアルレイヴ(AERIAL RAVE)の重要な要素となる。

エリアルレイヴ
後のシリーズを方向付けることになった特徴的なシステム。エリアルレイヴとは、端的に言えば空中連続技のことで、相手を空中に跳ね上げそれをスーパジャンプで追いかけて追撃する連続技のことを呼ぶ。海外版では『AIR COMBO』(エアコンボ)と呼ばれる。

各キャラクターの通常技の中には、それぞれ相手を上方向へ大きく吹き飛ばす特性を持っているものが存在し、これらはエリアル始動技と呼ばれる。また通常のヒットマークは火花のようなマークだが、このエリアル始動技は波紋状のマークである。なお、このヒットマークは"エリアルヒットマーク"ともいわれることがあり、カプコンの他の格闘ゲームにおいても一部使われている。エリアル始動技に限り、ヒットさせた瞬間にレバーを上に入力することで瞬時にスーパージャンプに移行できるシステムとなっており、これによって吹き飛ばした相手を追いかけて追撃することができる。さらに、スーパージャンプ中は一部のキャラクターを除いて、「弱P→弱K→中P→中K→強P→強K」の順に攻撃をつなげる「チェーンコンボ」が可能になっており、エリアル中にこの特性を生かすことで、華麗な連続技を決めることができる。

前作『X-MEN』でも、空中連続技自体は一部のキャラクターのみ工夫次第で可能であったが、エリアルレイヴという名称となり、システムとして正式に体系化されたのは今作からである。

前作のシステムで、そのキャラクター独自の特殊効果を発揮できる「キャラ特性」を使うにはゲージを消費したが、本作ではウルヴァリンの「ヒーリングファクター」や「飛行」など、コマンドを入力すればゲージを使用せずとも発動できる。なお、前作では「飛行」中でも空中ガードが可能であったが、本作では不可能になった。

インフィニティ・ジェム
原作に登場する、無限の力を持つ「インフィニティ・ジェム」であるが、ゲーム中では使用者を一定時間パワーアップさせる効果がある。ジェムには以下の6種類がある:

パワー - 攻撃力が上がり、通常技に削り効果が追加される
タイム - 移動速度が上昇する
スペース - スーパーアーマー(攻撃をくらってものけぞらない)状態になる
リアリティ - 攻撃ボタンを押すごとに、火の玉やつららなどを同時に飛ばす
ソウル - 体力が徐々に回復する
マインド - インフィニティ・ゲージ(後述)が徐々に増加する
これらの効果に加え、各キャラクター(隠しキャラクターを除く)には「得意ジェム」がそれぞれ1種類あり、通常の効果に加えてさらに特殊効果を得ることができる。ただし、パワージェムが得意ジェムの場合、攻撃力上昇の効果はなくなり、そのキャラクター固有の特殊効果のみが現れる。例えば、スパイダーマンの得意ジェムはパワーで、使用すると自分の分身を発生させる効果がある。

ジェムを使用する際近くに相手がいれば、ダメージはないものの相手を吹き飛ばす効果がある。また、相手の攻撃をガードしている最中にも使用でき、ガードをキャンセルして相手の攻撃を打破するのに使える。これをジェム・カウンターと呼ぶ。

ジェムは、対コンピュータ戦では相手の所持しているものを奪うことで得られる。対人戦では、どちらかの体力が一定量減るごとに、体力の減った側にジェムが降ってくる。いずれの場合も、必殺技をくらったキャラクターはジェムを落としてしまい、多くは相手に奪われる結果となる。前述のジェム・カウンターのヒット効果は必殺技と同じで、くらった相手は持っているジェムを落とす。

なお、最終ボスのサノスのみ、インフィニティ・スペシャル以外の技をくらってもジェムを落とさないという特性がある。

インフィニティ・ゲージ
体力ゲージの下にある別のゲージは「インフィニティ・ゲージ」と呼ばれ、攻撃を出したりダメージを受けたりする度に溜まっていき、これが溜まりきると強力な必殺技「インフィニティ・スペシャル」、ガード中に相手に反撃できる「インフィニティ・カウンター」を使うことができる。

インフィニティ・ゲージは、溜まりきるとストックとして保持することができ、ストックの数だけインフィニティ・スペシャルまたはインフィニティ・カウンターを使用できる。ストックの上限はキャラクターごとに設定されており、強力なインフィニティ・スペシャルを持つキャラクターほどストック上限が少ない傾向にある。

インフィニティ・スペシャル発動時には画面が激しく輝く。いわゆる「ポケモンショック」が起こる可能性があり、てんかん持ちのプレイヤーは注意が必要である。これは、前記のポケモンショックが起こる前に開発されたゲームのためである。

2Pカラーについて
前作の『X-MEN』では、2Pカラーは通常の1Pカラーと比べて大きな変化は見られなかったが、今作からは色彩豊かな違いがはっきりしたものとなった。アイアンマンはシルバーセンチュリオンアーマー、ハルクはグレイハルクといった、キャラクターによっては心憎い配色がなされている。マグニートーの場合は黄を基調とした色使いとなっている。これに関しては、カプコンスタッフも許可が下りるとは思わず、驚いたという[1]。なお1プレイの場合、選択したキャラクターの位置に合わせてレバーを入れ続けることで、この2Pカラーを選択可能(上段のキャラクターは↑を、下段のキャラクターは↓を入れ続ける)。

ストーリー
かつてヒーローたちが倒したはずの強敵・サノスが死の女神デスの力で復活し、無限の力をもたらす宝石インフィニティ・ジェムを手に入れた。サノスはデスの寵愛を得るために全人類の半分を抹殺するなどの凶行を繰り返す。この宇宙的危機を救うためにヒーローたちが立ち上がり、サノスを倒すべく彼の宮殿へと向かった。

登場キャラクター
()内に英語版ウィキペディア内の各キャラクター記事へのリンクを示す。
ヒーロー
キャプテン・アメリカ (Captain America)
第二次世界大戦中、対ナチス・ドイツのために志願して特殊血清を投与され、超人兵士となった。ヒーローチーム「アヴェンジャーズ」のリーダーであると同時に、マーヴル・ユニバースの全てのヒーローたちのリーダー的存在である。
飛び道具や対空必殺技などを備える、オーソドックスな性能のキャラクター。得意ジェムはパワージェムで、必殺技の性能が上がり多段ヒットするようになる。
ハルク (Hulk)
科学者ブルース・バナー博士が実験の失敗でガンマ線に曝されて突然変異した、怪力を持つ緑の肌の大男。マーヴル・ユニバース最強のパワーを持つ。
攻撃力が高く、相手のガードの上から体力を削ることができる特殊能力を持つ。突進技の「ガンマチャージ」は攻撃発生が速く、連続技に組み込むことが可能。インフィニティ・カウンターもこの技である。だが、歩行速度が遅く、身体が大きいために相手の攻撃をくらいやすく、敏捷な相手には苦戦を強いられる。得意ジェムはタイムジェムで、発動すると弱点のスピードを補強するほか、通常技をボタン1回で3発すばやく出せるようになる。
アイアンマン (Iron Man)
ベトナム戦争で心臓に重傷を負い、生命維持装置として科学の粋を集めたパワードスーツを身につけている。アヴェンジャーズの一員としてキャプテン・アメリカらと共に戦う。
飛行能力、空中ダッシュで画面中を自在に動き回り、上空から落とす「スマートボム」を盾にして強襲する戦法が強力。得意ジェムはソウルジェムで、通常技が電気を纏うようになり、発動すると電撃のヒット効果だけでなく、当てると相手のインフィニティ・ゲージを奪う効果も付加される。なお原作ではスペースアーマーであるが、本作では連載時期に合わせてかモジュラーアーマーになっており、翌年のアニメ版とも相まって日本ではアイアンマン=モジュラーアーマーという認識が生まれた。また開発途中でカプコンが付けた「社長」という愛称は現在でもアイアンマンのニックネームの一つとして定着している。
スパイダーマン (Spider-Man)
放射線を浴び突然変異した蜘蛛に噛まれ、蜘蛛の能力と怪力を手に入れた。力に慢心するが、それが原因で保護者である叔父を失うこととなり、以後は正義のためにその力を振るう。
相手を行動不能にする飛び道具の「ウェブボール」、無敵時間がある「スパイダースティング」をはじめとした高性能な技が揃っている。敏捷な動きで相手に接近し、どんな状況からでも連続技やエリアルレイブを決めることが可能。身体が細く小さいために相手の攻撃を受けにくく、通常使用可能なキャラクターの中でもトップクラスの性能を持つ。得意ジェムはパワージェムで、発動すると相手を挟んで反対側に分身が出現し、当てた攻撃が2倍の効果となる。
軽快でどこかコミカルな動きは、マーヴル側から「これまでのメディアで一番スパイダーマンらしい動き」と評価されたほどである[3]。
ウルヴァリン (Wolverine)
前作「X-MEN Children of The Atom」から引き続き登場。手の甲から飛び出す爪と超回復能力を持つミュータントで、ヒーローチーム「X-メン」のメンバー。ウェポンX計画と呼ばれる謎のプロジェクトの実験体で、爪を含めた全身の骨格に最強の金属アダマンチウムを移植されている。
攻撃力はやや低いが、6つのボタンを最大限に活用した6ボタンチェーンや連続技でそれを補う。2つあるインフィニティスペシャルはいずれも用途が異なる。得意ジェムはパワージェムで、発動するとウルヴァリンの動きを追随する残像が後ろに2体発生し、それらも攻撃力を持つ。前作でXパワーだったヒーリングファタクターがキャラ特性として入れられ、減ったライフゲージの後ろに赤い部分が残り、その分だけ体力が回復するようになった。『インフィニティ・ガントレット』においては、超宇宙的な存在を相手に最も戦力的には弱いと言われていたが、他の高貴なヒーローと違い、いざとなれば相手を殺すことも厭わない性格をジェムの精であるアダム・ウォーロックに買われて参戦、期待通りサノスに会心の一撃をくらわせることに成功している。
サイロック (Psylocke)
前作「X-MEN Children of The Atom」から引き続き登場。サイキック・ブラストと忍術で戦うX-メンのメンバー。イギリス人のサイオニック(精神能力者)で、アクシデントで東洋人の女忍者カンノンと身体が入れ替わってしまっている。
特殊能力の3段ジャンプがフェイントにも連続技にも有効に働く。飛び道具の「サイブラスト」、動きのすばやさや連続技の決めやすさは健在である。得意ジェムはパワージェムで、発動すると身体の前後にサイロックと同じ動きをする分身が1体ずつ発生し、それらも攻撃力を持つ。前作より引き続いての登場となるが、『インフィニティ・ガントレット』原作ではカメオ出演程度。
ヒーロー側のキャラクターは、サノスを倒すと石化させられたヒーローたちをジェムの力で助けた後にエンディングに移行する。

ヴィラン
ジャガーノート (Juggernaut)
秘境で発見した宝石の魔力により巨体と強靱な肉体、怪力を手に入れた。X-MENの指導者プロフェッサーXの義兄である。粗暴で知性に欠ける。
前作では中ボスとして登場し、セガサターン版限定で条件を満たさなければ使用することができなかったが、アーケード版では本作が初めて操作キャラクターとしての登場となった。『インフィニティ・ガントレット』原作には登場しない。
画面の大半を埋め尽くす巨体であり、スピードはハルクより更に遅いものの、リーチの長さでそれを補える。多少の攻撃ではのけぞらず強引に攻撃を当てることができる(スーパーアーマー)。ただし、空中ではこの効果は発揮されず、複数ヒットする攻撃をくらうとのけぞったりダウンしたりする。得意ジェムはスペースジェムで、発動すると身体が鋼鉄と化し、投げ技、ブラックハートの強パンチで出現するモンスター、シュマゴラスの「カオスディメンジョン」の触手以外の一切の攻撃をくらわず、ダメージも受けなくなる。
なお、キャラクターデザインの当初の原案は、巨大ではあるがそれほど太くはなかった。しかし、開発側がもっと太くするよう度々リテイクを出したことで、キャラクターデザイン担当のAKIMANが暴走した結果、現在のような巨漢となった。その分容量に収めるのに開発スタッフは苦労したという。ジャガーノートのエンデンィングに関しては、マーヴル側から「クールアイディア」と言われた[1]。
マグニートー (Magneto)
磁力を自在に操る最強のミュータント。ミュータントによる人類の支配を是とし、X-MENとしばしば対立する。『インフィニティ・ガントレット』原作には登場しない。
前作では最終ボスおよびプレイヤーが使用できないCPU専用キャラクターとして登場し、圧倒的な強さを誇ったが、本作では大幅な弱体化を施されての登場となった。飛び道具の種類が豊富で、遠距離での攻防に強い。ダッシュ速度が非常に速く、一瞬で近づいて連続技を叩き込むことも可能なので接近戦も得意である。飛行、空中ダッシュも備えており、これを利用すれば相手のガードを揺さぶることも可能であるなど、攻撃面は非常に強い。反面、耐久力がかなり低く設定されており、脆い面もある。得意ジェムはスペースジェムで、発動すると前作で披露した一定時間無敵となるバリアーを張る。しかし、バリアーは攻撃を当てられるとその分早く消滅するほか、ブラックハートの強パンチで出現する悪魔や、シュマゴラスの「カオスディメンジョン」の触手による攻撃には無効。必殺技はいずれも前作より弱くなったが、使い方を間違わなければ高い効果を発揮する。主導権を握ることができればかなりの強さを発揮するので、いかに相手に攻め込ませないことが重要である。
ブラックハート (Blackheart)
地獄の支配者メフィストの息子。メフィストを倒して支配者の座を奪おうとするがかなわず地獄を追放される。ゴーストライダーの宿敵。『インフィニティ・ガントレット』原作には父メフィストが登場するが、ブラックハートは登場しない。
炎・吹雪・雷など数々の魔法を自在に操る。強パンチと強キックは悪魔を召喚して攻撃させるもので、この強攻撃を駆使することで相手の接近を容易に許さない闘いが得意だが、相手に攻め込むことは不得意ではなく、スーパージャンプの直後の空中ダッシュからの攻撃も強力である。インフィニティ・スペシャルは、無数の隕石を降らす「アーマゲドン」、召喚した悪魔たちに攻撃させて最後にヒット補正無効の火柱を立てる「ハート・オブ・ダークネス」の2つである。「ハート・オブ・ダークネス」は、ダメージ量が大きく追い打ちが確定なインフィニティ・スペシャルであるが、技の隙が非常に大きいため確実に当てないと反撃を蒙る。得意ジェムはリアリティジェムで、発動すると画面上から自分の姿を完全に隠すことができるが、プレイヤーからも透明で見えなくなるために操作が困難になる。全体的に技の隙が大きく、特殊な性質の技が多いため、上級者向けのキャラクターである。
シュマゴラス (Shuma-Gorath)
異次元の神。ゲームではタコのような姿で登場するが本来は不定形で、見る者にとって最も恐ろしいものの姿で現れる。マーヴルの歴史中2度しか登場していない非常にマイナーなキャラクターであり、カプコンが使用許可を求めた際にマーヴル側の担当者もその存在を知らなかった、という逸話がある。当然、『インフィニティ・ガントレット』原作にも登場していない。1Pカラーが本作では紫色だが、『マーヴル・スーパーヒーローズ VS. ストリートファイター』では色が修正され、本来の緑色となった。触手を伸縮させたり、鋭利に変形させたり、鉱物のように硬くしたり、体の中央の巨大な一つ目の周囲を大きな口のように変えて噛み付くように攻撃するなど、その体は変幻自在な動きを見せる。
通常技の癖が強く扱いづらいものの、インフィニティ・スペシャルの投げ技(正確にはガード不能の打撃投げ。のけぞっている相手も掴むことができる)「カオスディメンジョン」が非常に強力で、威力もさることながら確実に追撃が入る。この触手は、スペースジェムで出るジャガーノートの「鋼鉄化」とマグニートーの「バリアー」も無視して掴むことが可能という驚異の性能を持つ。また、コマンド入力後の発動時にも攻撃判定があり、この攻撃はしゃがみガード不可。これを当てて浮いた相手を掴むのが常套手段である。
得意ジェムはタイムジェムで、発動した状態で通常技をヒットさせると相手を一定時間石化させる。タイムジェムに限らず他の多くのジェムを「カオスディメンジョン」を決めるために活用で可能で、システムの恩恵にあずかっている。
その特異な外見と、台詞に見られる「?でシュ」という語尾のミスマッチが特徴的なキャラクターである。
ドクター・ドーム (Doctor Doom)
東欧のラトベリア王国の、鎧とマントと鉄仮面を身に付けた科学者にして、独裁政治で国を統治する専制君主。人一倍の権力欲と独占欲の持ち主であり、全世界を支配する野望を抱く。ファンタスティック・フォーの宿敵であり、大学ではリード・リチャーズの同級生だったが実験の失敗で退学になったことでリードを逆恨みしている。『インフィニティ・ガントレット』原作ではヒーローたちの味方として登場するが、隙あらばジェムを我が物にしようと企んでいる。なお、本作中ではドクター・ドゥームではなく「ドーム」と表記されている。
ゲームでは中ボスとして登場する。コンピュータの操作するドゥームは、CPUらしい独特の動きで巧みにダメージを奪い取ってくる。条件を満たせば隠しキャラクターとしてプレイヤーも操作できるが、特殊な性質の技が多く、使いこなすには修練を要する。地上に急降下していくジャンプ強キック、地上・空中を問わず出せて、8方向に光線を飛ばす「フォトンショット」、それを強化したインフィニティ・スペシャルの「フォトンアレイ」が強力。得意ジェムは存在しない。なお、ゲームでは中ボスという設定のためか、身長がスパイダーマンなどよりも一回り大きくなっている(原作ではほぼ一緒)。
サノス (Thanos)
木星の衛星タイタン出身。「狂えるタイタン人」と呼ばれ、破壊を好む残忍な性格。過去にヒーローたちと闘って死亡するも、死の女神ミストレス・デスの力によって蘇る。サノスはデスの寵愛を受けるため、インフィニティ・ジェムを手に入れるために破壊を繰り返す「狂神」と化す。
本作の最終ボスとして登場、ステージ開始時にこれまで集めたジェムは全てCPUサノスに奪われてしまう。なお、CPUサノスはジェムを発動することは無い。動きがやや重いが、攻撃力が非常に高く、わずかな手数で体力を一気に減らされる。各ジェムに対応した6つの特殊なインフィニティ・スペシャルはいずれも強力であり、苦戦を強いられることになる。得意ジェムは存在しない。サノスにはインフィニティ・スペシャルをくらわない限りジェムを落とさないという特性があるため、自然とジェムが溜まりやすい点も長所である。
6つあるインフィニティ・スペシャルは、それぞれ6つのジェムに対応した技であり、ジェムの有無に関わらずゲージを消費するだけで使用可能。反面、対空手段として使える技を持たないため、空中からの攻撃には弱い。簡単かつ強力なものや、練習が必要な永久連続技を持つ。アーケード版ではエンディングでマグニートーのメッセージがダミーで流れるが、家庭用ではエンディングの内容が2種類に分岐する。また、サノスのみ対戦画面と勝利メッセージ画面のグラフィックがそれぞれ異なる。
ドクター・ドームとサノス、及び後述するアニタは、アーケード版では特殊な設定をした状態で、家庭用版では一度ゲームをクリアした後でそれぞれ隠しコマンドを入力することで操作キャラクターとして使用可能になる。

その他
アニタ(Anita)
カプコンサイドからのゲストキャラクター。日本版のみ登場。『ヴァンパイア ハンター Darkstalkers' Revenge』に登場するダークハンターのドノヴァン・バイン (Donovan Baine) と行動を共にする、心を閉ざした幼い少女。本作ではアニタ自身がドノヴァンの魔剣ダイレクを使って闘う。ただし彼女の使用する剣はドノヴァンの物よりも一回り小さく、また刀身もピンク色でリボンが付けられている。
全キャラクター中最多となる4段ジャンプが可能。体が極端に小さい分、くらい判定も極めて小さい。通常技はいずれもダイレクを使ったもので、攻撃判定が大きく、6ボタンチェーンも可能。ドノヴァンの技を模した必殺技では豪鬼やリンリン(同じく『ハンター』に登場するレイレイの姉)を召喚し、インフィニティ・スペシャルの「ラブフォーユー」は首無しの人形から人形の頭を98個射出し、ガードされても大きく体力を削り取る。コンボ補正が掛かるため、密着状態で当てた場合のダメージはヒット・ガードを問わない。元々お遊びで追加されたキャラクターであり、その体の小ささのために攻撃も受けにくく、相手がまともに戦っても勝負にならないほどの強さを発揮する。アーケード版では石化グラフィックが用意されていなかったため、シュマゴラスとの対戦時に強制リセットが発生してしまうという事態も起こった。なお、得意ジェムはない。
アーケード版では対戦画面や勝利メッセージ画面でサノスのグラフィックが流用されていたが、家庭用移植版では対人戦画面のグラフィックのみ新規に描き下ろされ、対戦中の名前表示やサノスとの会話も修正された。勝利メッセージはアニタ本人の台詞ではなく、スタッフのメッセージやパロディ、ジョークなどで構成されている。固有のエンディングは用意されていないが、アーケード版では剣を残して石化したヒーローたちを助けた後にスタッフロールが2回流れる。家庭用移植版ではヒーローたちを救出せず、スタッフロールも1回のみ。彼女は落ち物パズル『スーパーパズルファイターIIX』の家庭用版にも登場し、本作と同じく「ラブフォーユー」を使う。フィニッシュ時に技名が表示されるなど、本作を意識した演出となっている。

移植版
セガサターン版とプレイステーション版は、どちらもキャラの動きのアニメパターンの削減が目立ち、ファンにとって満足のいく移植とは言えなかった。解像度の関係で画面配置も少し異なり、SS版では顔グラフィックが体力ゲージの下に表示され、PS版は体力ゲージがAC版の9分割から8分割へと変更された。

なお、セガサターン版の方は拡張RAMカートリッジ(別売り)に対応しており、使用すると読み込める画像枚数が増えてだいぶ滑らかな動きになるが、それでもなお完全再現には至らない。

新声社から、ゲーメストムックVol.27として本作の攻略本が発売されており、表紙はカプコンのスタッフが描いたイラストが使われている。その中身は、攻略・スタッフの対談、投稿されたイラストコーナーなど、充実した内容になっている。

『Sony Records』からオリジナルサウンドトラックが発売された。本編で使用されている全ての楽曲が収録され、ブックレットには音楽開発スタッフとゲーム開発スタッフの対談が収録されている。

2009年01月22日

教団の信者は在家信徒と出家修行者

教団の信者は在家信徒と出家修行者(サマナ)に分けられる。 在家信者は通常の生活を行ないながら、支部道場に赴いて修行したり説法会に参加する。また、休暇期には集中セミナー等も開かれる。

修行の達成度、精神性の度合いを示すものとして「ステージ」制度があり、時期にもよるが、1995年時点の出家者には、サマナ見習い、サマナ、サマナ長、師補、師(小師、愛師、愛師長補、愛師長、菩師、菩師長補、菩師長)、正悟師(正悟師、正悟師長補、正悟師長)、正大師の各ステージが存在した。師は「クンダリニー・ヨーガ」の成就者、正悟師は「マハームドラー」の成就者で仏教の阿羅漢相当、正大師は「大乗のヨーガ」の成就者と規定され、これらのステージに従って教団内での地位、役職等が定められた。青山吉伸や上祐史浩に代表されるように、オウム真理教幹部には名門大学の卒業者が多かった。

関連年譜
一連の事件における被害者数は、死者28人・重軽傷者6000人以上。日本史上最悪の組織的犯罪である。 近年の報道によれば、アーレフから麻原彰晃(本名・松本智津夫)の妻、松本知子に、絵画の使用という名目で、毎月40数万円の送金が行われていたことが判明した。 また、松本の四女の証言では、アーレフの実権は松本家が掌握しているという。

1984年
2月14日 - 麻原彰晃こと松本智津夫により創設される。当初はヨガのサークルであった。
1987年
2月24日 - ダライ・ラマ14世とインドで会談
1988年
7月6日 - ダライ・ラマ14世とインドで会談
9月22日 - オウム真理教での修行中に、富士山総本部に来ていた在家信者が死亡。遺体は、護摩壇で焼かれた上に、旧上九一色村の精進湖へ遺棄された。(在家信者死亡事件)
1989年
2月10日 - オウム真理教最初の殺人事件、男性信者殺害事件発生。
8月25日 - 宗教法人化。
11月4日 - 坂本堤弁護士一家殺害事件で一家3人を殺害。
1990年
2月18日 - 政治団体「真理党」を結成し、第39回衆議院議員総選挙に集団立候補するも全員落選。これ以降、社会敵視傾向に拍車がかかる。
5月 - 国土法違反事件(熊本県波野村)。
1991年
9月 - 『朝まで生テレビ!』に出演。
12月 - 『ビートたけしのTVタックル』に出演。
1993年
このころ、数回にわたり創価学会の池田大作名誉会長、漫画家の小林よしのり、幸福の科学の大川隆法総裁、衆議院議員の小沢一郎・細川護熙、タレントのデーブ・スペクターなどの暗殺を計画するも失敗。
6月6日 - 男性信徒が逆さ吊り修行により死亡。遺体は、幹部らによって遺棄された。
11月 - 山梨県上九一色村の第7サティアンにおいて、サリンプラントを建設を開始(サリンプラント建設事件を参照)。
1994年
1月30日 - 薬剤師リンチ殺人事件が発生。
5月9日 - 滝本弁護士サリン襲撃事件。
6月 - 省庁制導入。22省庁を開設し大臣と次官を設置。当時の教祖、麻原は神聖法皇に。
6月?1995年3月 - 旧ソ連製のAK-74をモデルとした突撃銃を密造(詳細はオウム真理教の兵器を参照)。
6月27日 - 松本サリン事件。長野県松本市でサリンを噴霧し、8人を殺害。重軽傷660人。
7月10日 - オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件 発生。
7月15日 - 50℃の温熱療法修行による男性信者死亡事件。
9月20日 - 江川紹子ホスゲン襲撃事件。
12月2日 - 駐車場経営者VX襲撃事件。
12月12日 - 会社員VX殺害事件。
1995年
1月4日 - 「オウム真理教被害者の会」永岡弘行会長をVXガスで襲撃。(被害者の会会長VX襲撃事件)
2月28日 - 目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件で男性1人が死亡。
3月17日 - 複数の教団幹部のステージ昇格を伝える尊師通達が発令される。
3月20日 - 地下鉄サリン事件。東京の営団地下鉄(現・東京地下鉄)でサリンを撒き、12人を殺害、5,510人が重軽傷を負った。
5月16日 - 麻原彰晃こと松本智津夫を山梨県上九一色村の教団施設で逮捕。
10月30日- 東京地裁が宗教法人法に基づく解散命令を決定(同年12月確定)。
12月 - 国会で宗教法人法改正法が成立。
1996年
6月19日 - 麻原(松本)に代わり、松本の長男(当時3歳)と次男(当時2歳)の二人を「教祖」とする。麻原の地位は「開祖」に。
1997年
1月31日 - 公安審査委員会、オウム真理教への破壊活動防止法の適用を棄却。
1999年
4月 - 東京都内の繁華街で”復活”をアピール[8]。
12月3日 - 団体規制法と破産特別法が成立。
2000年
2月1日 - 団体規制法に基づく公安調査庁長官の観察処分(3年間)が効力発生。
2月4日 - 「宗教団体・アレフ」として再編。
7月1日 - ロシアで松本智津夫の武力奪還・対日テロを図ったオウム信者逮捕(シガチョフ事件)
2002年
1月 - 上祐史浩が教団代表に就任。麻原彰晃との決別を表明。
2003年
1月23日 - 団体規制法に基づく観察処分の期間更新(2月1日から3年)決定。
2月 - 「宗教団体・アーレフ」と改称。
2008年
5月20日 - 「Aleph」(アレフ)と改称。
バイオ ハノイ サイト宇宙 セット リーテール たましぎ みたか ニューロ れっど ファンタ アカシデ ひびき ちゅう フォルテ ターミ アイテム セルラ ハイブリ バロッ ファザ 紫キャベツ ライフ ナビキュー 仲よし ネリネ ピープ モデル 龍馬太鼓 きんさ ダウン スリル シームレス スピーチ ドクゼ オフィス ナビデモ スルー シアトル マツム ルーム リアクター デイキ ロースラ モトロ オブジ サンタ マキシ リボソーム デパチ クンミン

公称信徒数
1985年12月 - 15人
1986年10月 - 35人
1987年2月 - 600人
1987年7月 - 1,300人
1988年8月 - 3,000人
1995年3月 - 15,400人(出家1,400人、在家14,000人)
1997年7月 - 5,500人(出家500人、在家5,000人)
1997年12月 - 2,200人(出家900人、在家1,300人)
2000年 - 1,115人(教団が公安調査庁に報告した数)
2003年2月 - 1,251人(教団が公安調査庁に報告した数)

オウム事件の謎
オウム事件では、徐裕行による村井秀夫刺殺事件など、真相の究明には至っていない点が多く残る。実行犯は特定の者の指示により決行したとして有罪確定、指示したとして起訴された者は無罪である。二つの内容対立する判決がそのままになっている。国松警察庁長官銃撃事件に至っては、自白したとされる元オウム信者の警察官が、供述に矛盾点が多いなどとして最終的には不起訴処分となったという異例の事態となっている。

2009年01月15日

天皇の地位は律令を超越したものとされている

現存する養老律令には、天皇を規定する条文がない(大宝律令も同様と考えられている)。この点から、天皇の地位は律令を超越したものとされている。ただし、天皇が発する命令やその手続きについては、律令に規定があり、天皇の行為は律令の制約を受けていた。更に唐制のように天皇が三省六部に相当する諸機関(二官八省)を直接統括しておらず、太政官が間に入る形となったために、太政官によってその権限が制約されていた。

また、皇位を生前譲位した者は太上天皇(上皇ともいう)と規定されていたが、これは中国律令にない独自の地位である。律令上、太上天皇を天皇と同等の地位と解釈することが通例とされており、実際には太上天皇が天皇よりも上位とされることも多かった。例えば、奈良時代の聖武太上天皇は、実質的に孝謙天皇よりも上位者とされていたし、平安後期に始まる院政も同様である。

統治機構
律令に定める統治機構は、祭祀を所管する神祇官と、政務一般を統括する太政官の二官に大きく分けられていた。中国律令では、祭祀所管庁が通常の官庁と同列に置かれていたが、日本律令は、神祇官を置くことで祭祀と政務を明確に分離した。太政官の下には、実際の行政を担当する八省が置かれ、更に各省の下に個々の事務を分掌する職・寮・司・所などの諸官庁が置かれた。この機構を総称して二官八省という。

太政官は、国政の意思決定を行う最も重要な機関であり、太政大臣・左大臣・右大臣・大納言(後に中納言・参議が加わる)による議政官組織とそれを実務面で補佐する少納言・左右弁官局・外記局から構成されていた。

議政官は政務の重要な案件を審議し、最終的な裁可は天皇が行うとされていた。重要でない案件の場合は、議政官の審議のみとされた。このように議政官の任務は非常に重要であり、実質的に国政の意思決定を左右する組織であった。天皇が裁可、もしくは議政官が審議して決裁された案件は、弁官に回付され、弁官が太政官符を作成して実行に移された。弁官は国政中枢の実務を担っていたため、これも重要な官職と見られていた。また、天皇が案件を提起する場合は、天皇から中務省へ命じて詔書が作成され、中務省が起案した詔書の文案は、外記局で点検を受けて天皇または弁官へ回付されており、外記局も重要な部署と認識されていた。決裁された政策を実行するのが八省であり、左弁官と右弁官が四省ずつ担当していた。

以上に見る太政官の組織形態は、唐律令のそれを大きく改変したものである。唐律令では、国政の意思決定機構は、天子の命を受けて政策を企画立案する中書省、中書の立案を審議する門下省、門下省が同意した政策を実行する尚書省から構成されていた。このうち、中書省は天子とのつながりが強かったが、門下省は貴族層の意思を代表する機関であり、中書と門下の力が拮抗していた。日本と比較してみると、中書省が中務省、門下省が議政官、尚書省が左右弁官およびその下の八省に当たる、日本では太政官が門下・尚書の両省を兼ねて更に中書省である中務省を指揮するなど強力な権限を有し、とりわけ門下省に当たる議政官、即ち貴族層の役割が非常に大きかったことが判る。

中央官制の詳細は日本の官制の項を参照。
地方統治は、中央に近い大和国・山城国・河内国・和泉国・摂津国の五国を畿内とし、その他を七つの道(どう)に区分した。これを五畿七道という。行政単位としては、国・郡・里(郷)の三層に分けて、国には国司、郡には郡司、里には里長(郷長)を置いた。このうち、国司には中央から派遣されたが、郡司・里長はかつての在地首長である地域の豪族層が終身官として任命され、実質上自分の支配地域を行政単位として認められていた。これについては、日本の律令制が、律令に基づく国家による人民支配と並行して、在地首長による氏族制的な人民支配をも内包していたとする見解がある。

重要な地域には特別の機関が置かれた。首都である京域を管轄する左右京職、首都の外交窓口である難波を管轄する摂津職、国家の外交窓口である西海道を管轄する大宰府である。

中央と地方の情報伝達を迅速・円滑に行うために駅伝制が実施され、この駅伝制の下で、中央と国内各地を結ぶ道路網が整備されていた。道路網は、幅員が広く長い直線区間を持つ古代日本のハイウェイであり、現代までその痕跡が残っている。

地方官制の詳細は古代日本の地方官制の項を参照。
古代日本の道路網の詳細は、日本の古代道路の項を参照。
以上の統治機構に属する官僚は、それぞれ官職と位階が与えられていた。官職とは官庁における役職で、押し並べて官庁内では役職が四階級、即ち長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)に区分されていた。これを四等官制という。また、位階とは官僚の序列を表す等級である。律令において、全ての官職は相当する位階が定められており、これを官位相当制という。例えば、弁官局の次官である左右中弁は正五位上と定められ、正五位上の者の中から左右中弁が選任されていたのである。位階のうち五位以上の者には位田・位封・位禄・位分資人が給与されるなど多くの特権が与えられており、特別の身分階層を形成していた。これを貴族という。
バス ブラックタ アセアン 水辺の旅 ルコギ プルメリア リッチシ チョック タンク スクーター ナベル ジャポニ ドラル 朝ごはん はばね 忍耐最適 ファイリン バキュー ソネット ローマ わこう オート パナ フェレット ハイム 虹のパノ スケジュ ユーカリ オパール オリジ キャラバン ハット テロロ ケーオー オフセ ちぎれ雲 レース なかせん 相合傘人 テーブル リスク ビップ イースト ミルク オーライ トラン スネーク ネグレクト オート キネシ

人民統治
日本の律令制においては、人民統治の基盤として、戸籍(世帯=戸ごとに人民を詳細に記載登録したもの)と計帳(調・庸の税を徴収するための台帳)が作成され、毎年更新されていた。

国は、戸籍を基にして、一定の資格を持つ者に対し一律に同じ面積の田を口分田として班給し、その者が死ねば口分田を収公していた。これを班田収授制や班田制という。律令では、口分田は公地ではなく私地と規定されていた。(これにより従来の公地公民の概念は否定されつつある。)

口分田の他の田には、五位以上の者へ班給された位田、天皇から特別に与えられた賜田、特に功績を残した者に与えられた功田、官職に応じて班給された職田、仏教寺院の維持運営にあてられた寺田、神社の維持運営にあてられた神田、以上の班給の残りの乗田があった。また、宅地と園地も班給の対象とされたが、収公はされず、自由に売買できた。

田地の班給を受けた者は、原則として田租を納税する義務を負ったが、中には納付義務が免除される田地もあった。田租の賦課対象となる田地を輸租田といい、田租が免除された田地を不輸租田というが、口分田・位田・賜田・功田・郡司への職田が輸租田とされ、郡司以外の職田・寺田・神田のみが不輸租とされた。田租は国衙に納付され、国衙行政の財源となった。

当時、出挙という貸借制度があったが、国司や郡司は田租の稲を半ば強制的に百姓へ貸し付けて、利子の稲を得ていた。これは公出挙または正税と呼ばれ、田租と並んで地方の貴重な財源となった。

百姓は、田租以外にも調・庸などを負担する義務が課せられていた。

調は、男性に賦課された物納税であり、絹や布、塩、紙、染料、海草、油などの地域の特産品が納められた。調は中央の財源であり、直接、宮都に納付することとされていた。そのため、百姓の中から運搬する者(運脚という)が選ばれ、都まで運送していった。この時期に、初源的な運送業が発生していたとする見解もある。

庸は、元来、都での労役に従事することだったが、その代替として布、米、塩などを中央へ納付する内容となっていた。

雑徭は、国司の命に従って、国内の土木工事や政府機関での雑用に従事する労役義務である。中国では雑徭とは別に差科と呼ばれる労役義務が存在しており、差科に対する雑徭の位置付けについては諸説がある。また、労役には仕丁と雇役と呼ばれるものもあった。(詳細はそれぞれの項目を参照のこと)

以上の租税負担のほか、百姓は兵役の義務も負っていた。律令制における軍事制度の基本は軍団制だった。成年男性の中から徴兵され、3?4郡ごとに置かれた軍団に兵士として配属された。軍団で訓練を受けた兵士は、中央たる畿内へ配転されて衛士として1年間、王城周辺の警備に当たった。また、関東の兵士は、北九州に防人として3年間配属され、沿岸防備などに従事した。

班田制の詳細については、班田収授法の項を参照。
戸籍・計帳の詳細については、古代の戸籍制度の項を参照。
租・庸・調の詳細については、租庸調の項を参照。
軍事制度の詳細については、軍団 (古代日本)、防人の項を参照。

身分制度
日本の律令制における身分は、良民と賎民に大別される。良民は、高級官僚である貴族を初め、下級官人、一般の百姓(公民と呼ばれることもあった)、雑色人(品部・雑戸という工芸技術を持つ半自由民)があった。賎民は五色の賎と言われ、陵戸(天皇・皇族の陵墓を代々守る家系)、官戸(諸官庁に属し公用に従事)、公奴婢(官有の奴隷)、家人(貴族や有力者に属し雑用に従事)、私奴婢(私有の奴隷)があった。

賎民のうち、公奴婢と私奴婢は売買の対象とされるなど、奴隷として位置づけられていた。このように、律令制下では奴隷制が存在していた。

評価
律令制の確立を以って、古代日本の国家建設がひとまず完了したと考えられている。ただし、その国家建設は内発的なものではなく、唐を中心とする東アジアの国際関係の緊張を背景とする外発的な要因を主としていた。そのため、国家建設の基盤となった律令制も、中国から移入されたものであり、日本独自の改変も多々あるが、基本的には中国の制度を日本で再現しようとする試みであった。

日本の律令制については、天皇による独断的な政治体制とする見解と、畿内の貴族らによる貴族共和的な政治体制とする見解が対立していた。しかし、その後、天皇と貴族が相互に依存しながら運営して行く政治体制とする見解が出され、有力となっている。

日本の律令制社会は、戦前から戦後のある時期にかけて、奴隷が存在する点から奴隷制社会と目されていた。これは、人類の歴史を原始社会→奴隷制社会→農奴制社会→…と類型化したヨーロッパ的な発展史観、なかんづくカール・マルクスの唯物史観に準拠した考え方であった。特に、戦後の歴史学に強い影響を及ぼした唯物史観は、発展史観の度合いをさらに強め、古代アジアの社会はアジア的生産様式の中で総体的奴隷制度が行われたと考えていた。当時の日本史学界の大きなテーマは、日本の歴史をいかにヨーロッパ的史観へ当てはめていくか、というものであり、そうした観点から律令制への評価が行われていたのである。

さらに、律令制に於ける人民統治の実態は単なる人民圧迫に基づいた搾取構造でしかなかった、という考えも存在している。実際、人民の負担が増加傾向にあるにもかかわらず、肝心の支配層、すなわち貴族階級は贅沢を続け政治から遠ざかっていくようになる、と教えられる時期も有った。摂関政治が軌道に乗り出した時期であった。だが、この見解も日本の律令制社会をヨーロッパ的な発展史観に当て嵌め、欧米列強がかつて行った植民地支配の実態と重ね合わせているだけで、本末転倒な見方とする意見が現在では多くなってきている。実際、墾田永年私財法は荘園制を発生させ律令制を崩壊に追いやった元凶のように論じられていたが、実態は人民の生活保障のために執られた土地政策の一環で、律令を否定するどころか律令の法目的を補強するものであった事が判明している。また、防人制も人民負担の軽減から健児制に取って代わられ、農民徴用も九州地方出身者のみに限定している。

律令制社会の実態を観察すると、本質的な奴隷身分は奴婢などの賎民に限られており、社会全体に奴隷制が存在していなかったことが明らかになっている。このことから、「律令制=奴隷制」、「律令制=独裁制に基づく搾取制」という考えが否定されていき、代わって百姓を隷属農民として見る隷農制という概念が提示されるようになった。こうした例に見られるように、律令制に対する評価は、徐々にヨーロッパ的な視座ではなく、東アジア的な視座からの再評価が行われるようになっている。