第3.5世代
ルクレール、レオパルド2A5、M1A2、チャレンジャー2、T-84、T-90、メルカバMk.4、99式戦車など
冷戦終結に伴う軍事的緊張の緩和と軍事費削減、重量の限界などで「第4世代戦車」の登場前に、第3世代戦車のアップグレードによる延命が図られた。モジュール装甲や衛星通信ネットワークによる情報システム(C4I:Command,Control,Communications, Computing. and. Intelligence)の導入などの技術が採り入れられている。
世界的な非対称型戦闘の増加以前は140mm級の滑腔砲とそれに耐える装甲が「第4世代戦車」の基準として考えられてきたが、主力戦車同士が直接交戦するような可能性が減少しつつある21世紀現在では、非対称戦(ゲリラ戦)への対応やPKFなどに対応するための緊急展開能力の向上など、戦車に求められる能力が冷戦期のものとは全く異なったものになってきており、第4世代での基準が失われ、代わって最強の戦闘車両は何かという課題が問われている。
走行装置:戦車は無限軌道(履帯、商標名でキャタピラ)で走行する。起動輪と誘導輪があるのは共通だが、転輪には様々な形が存在する。普通は1列に並べてあるが、かつてのドイツ重戦車の場合、転輪が千鳥型に2重になっていたり、3重に並べたり、荷重を分散するようにしていた。ただし保守が困難な上、手間の割に効果的とは言えなかったため第二次世界大戦後は、そのような形式は採用されていない。転輪には騒音と振動を軽減する目的で周辺にゴム製のソリッドタイヤを装着するが、ゴム資源が不足していた第二次世界大戦中のドイツ・ソ連では、転輪内部や車軸にゴムを内蔵したり、やむを得ず全くゴムを用いない鋼製転輪を使用する場合もあった(イスラエルの戦車は砂漠でゴムタイヤの破損が激しい為に一部に完全鋼製転輪を使用している)。
主砲:1970年代末以降の主力戦車では120mmクラスの滑腔砲が採用されることが多い。加えて射撃統制に環境センサーとコンピュータの組み合わせを用いることで、あらゆる条件下での精密射撃を可能にしている。射撃時の反動を抑えると共に、砲身後退量を抑えて砲塔を小さく済ませるため、油圧により反動を吸収する駐退器が備えられている。以前は砲口にマズルブレーキを装備した物が多かったが、APFSDS弾の装弾筒が引っかかるため最近の車輌では見られない。先端近くに砲身の歪みをレーザー計測する反射体が取り付けられているものが多い。また中東・アフリカなどの高温地域で運用される車輌には、主砲身に熱による歪みを防ぐサーマル・ジャケット(遮熱カバー)の装着が見られる。戦車砲弾は発砲時に煙と一酸化炭素などの有毒ガスが発生するため、排莢時に砲身から戦闘室内へこの発射ガスが逆流しないようエバキュエータ(排煙器)と呼ばれる空洞部が砲身に取り付けられている。
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サスペンション:初めて実戦投入されたMk.I戦車にはサスペンションは存在しなかったが、その後におけるサスペンション形式はさまざまで、スプリングの種類も、リーフスプリング、コイルスプリング、渦巻きスプリング、クリスティー式(コイルスプリングと大型転輪の組み合わせ)、横置きトーションバー、縦置きトーションバーなどがある。現用戦車では主に横置きトーションバーが採用されている。スウェーデンのStrv.103は前後左右の油圧を変える事で車体の角度を変えられる油気圧(ハイドロニューマチック)式サスペンションを史上初めて実用装備した。陸上自衛隊の74式戦車も同様の油気圧式サスペンションを採用しているが、この機能は地形を利用した待ち伏せ砲撃に有利であり、専守防衛を旨とする両国の防衛策に適していたと言える。また、90式戦車や韓国のK1は横置きトーションバー式と油気圧式を混合装備している。いくらエンジン出力の大きな車両でも、サスペンションの性能が悪ければ車体や乗員の負担が大きくなり十分な機動性は発揮できず、逆にエンジンが非力であっても、サスペンションの改良により機動性を向上させる事が可能である。
発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー):多くの戦車で見られ、防御戦闘時に敵の視界を遮ったり、随伴歩兵の進撃を支援したり、ミサイル防御に用いられたりと用途は様々である。一部の車輌には、エンジン排気に燃料を吹き付けて煙幕を発生させる機構を装備する物もある。詳細は発煙弾発射機を参照。
砲塔:第一次世界大戦で登場した極初期の戦車は、車体に火砲を直接搭載したり車体左右の張り出しに搭載していたが、第一次世界大戦末期にフランスで開発されたルノーFT戦車が、車体上部に360度旋回する砲塔を世界で最初に搭載した。死角を減らしたこの設計思想を持つ同戦車は、それ以降のほとんどの近代戦車の原型となった。第二次世界大戦に入るまでは複数の砲塔を持つ多砲塔戦車もあったが、非効率性や高コストが明らかとなり、360度旋廻可能な砲塔1基を持つものが主流となった。砲塔前部には主砲が装備され、後部は弾薬庫として使用されることも多い。砲塔内には車長、砲撃手、装填手の座席があることが多い。第二次世界大戦前半までは全てを車長一人が行うものや二人で行うものも存在したが、車長が戦闘指揮に専念できる三人用砲搭が一般化した。車体同様リベット留めの問題があり、現在では溶接式か鋳造式が用いられている。戦車の中で最も被弾率の高い部位であり、なるべく形状を低く抑える事が望ましいが、T-62ではそのために主砲の俯角がほとんど取れず、中東戦争では地形を利用した伏せ撃ち射撃ができず却って撃破されてしまった事例がある。
エンジン:エンジン部は給排気と放熱の為に装甲によって閉鎖されるのには向かない為に脆弱となり、通常は被弾による損傷を防ぐために車体後部に収められる。現在では多くの戦車がターボチャージャーの付いたディーゼルエンジンを搭載し、2ストロークと4ストローク、空冷と水冷のいずれも形式も存在する。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより油種を選ばず、軽油以外でも灯油やジェット燃料などが使用できて運用が楽である。ディーゼル燃料である軽油はガソリンに比べると発火点や引火点が低いので比較的安全であるが、絶対に引火しない訳ではない。加速性に優れるガスタービンエンジン装備の戦車もあるが、燃費が非常に悪い上に技術的ハードルも高い。西側の戦車の多くは、現場でエンジンデッキを開放してエンジンや変速機を迅速交換できるパワーパック構造になっているが、東側の戦車ではそうした配慮は行われていない。かつてはガソリンエンジンが使われることも多かったが、被弾時に引火・爆発しやすいため、第二次世界大戦後は次第に使われなくなった。第二次世界大戦時には戦車用という大出力のエンジンは開発が難しかったため、航空機用エンジンで代替することもあった。大戦中の戦車の多くは車体後部のエンジンからドライブシャフトで前部の変速機に動力伝達する前輪駆動であったが、戦後はエンジンと変速機が直結した後輪駆動が主流となっている。一方でイスラエルのメルカバやスウェーデンのStrv.103の様に、乗員保護を優先してあえてエンジン・変速機を車体前方に配して装甲の一部としている例もある。
キューポラ:従来から司令塔とも呼ばれ、車長や装填手の外部視認用に砲塔上面に設けられた半球状などの突起が備わっていたが、20世紀末以降の戦車では、旧来の突出した形状のキューポラは無くなった。防弾ガラスごしに直接覗くものや、鏡を使ったペリスコープがあった。キューポラには機関銃が備えられるものが多く、近接攻撃や対空攻撃用に搭載されていた。
同軸機銃:主砲の横にあって同じ方向を向くように装備された機関銃であり、歩兵や軽装甲車輌といったソフトターゲットに対して使用することで主砲砲弾の消費を抑えるよう計られた。[2]主砲発射に先んじて同軸機銃を射撃し、その着弾を見て照準を微調整する、スポッティングライフルとして利用されていた戦車もあった。
車体:強固な装甲で守られている。初期の戦車においては当時の溶接技術が低かったため、装甲板がリベット留めされた車体が大半であった。しかし、被弾時に千切れたリベットが車内を跳ね回り、乗員が死傷する事故が相次いだ。また、近くでの爆発による衝撃波にももろく、装甲板がバラバラになることもあった。第二次大戦前のフランス戦車には分割された溶接車体をボルトで接合した物もあったが、貫通しなくても被弾の衝撃でボルトが折損し装甲が脱落することがあった。そのため点ではなく線で接合される溶接式か一体鋳造式、または鋳造部品の溶接接合で製造されるようになった。現代の主力戦闘戦車においては、複数の装甲材をサンドウィッチ状に重ね、防御力の向上を狙った複合装甲が主流である。これは車体や砲塔の前面等の主要部に用いられるが重量があり、1990年代以降の主力戦闘戦車の総重量は50-70t 程度であることが多く、これに対して1000-1500馬力級のエンジンで機動性を確保している。
操縦席:車体前部にあり、普通の自動車同様、アクセル・ブレーキ・クラッチで操縦する。車体の操行は左右のレバーを引く古い方式(乾式クラッチ式からシンクロメッシュ方式まで様々)と、自動車やバイクのようなハンドルを用いるオートマチック式がある。戦闘中の視界は、かつては小さな覗視孔付きの小窓から直接覗くしかなかったが、その後ペリスコープや最近ではTVカメラによる間接視認法が用いられている。